2017年、桜花賞から有馬記念までのG1レースで驚異の単勝回収率162%を叩き出した私小説風競馬予想「97年と俺と競馬と律子先輩」。
2ヶ月の沈黙を破り2018年の中央競馬全G1レース予想全24話の物語が始まる・・・
2018年 私小説風競馬予想
The Interpreter
インタープリター
全24話
一番最初にあなたを見かけたのはいつだっただろうか。冬の日の、朝9時からの会議だっただろうか。地を這う男だらけの会議、低くて艶のある声が、嫌で嫌でたまらない会議をほんの少しだけ軽くさせてくれた。
明後日はフェブラリーステークス。泥に塗れた漢どもの戦い。◎ゴールドドリーム— りょう49 (@ryo49_) 2018年2月16日
名前すら、知る暇を与えず会議は終わる。慌ただしく自席に戻って打ち合わせの資料を作る。あの人、名前なんていうのかな。また毎月一回の定例会議に来るのかな。
慌ただしい1200mのスプリント戦。
春の訪れを告げる高松宮記念は明後日。
◎リエノテソーロ— りょう49 (@ryo49_) 2018年3月23日
長丁場の技術研修。講師はネイティブのインド人。巻き舌英語に苦心するのかと半ば諦めていたら研修部がインタープリターを手配してくれていた。
およそ、ひと月ぶりの再会。
当然、研修の中身は頭に入ってこなかった。
今年から大阪杯はG1レースに昇格した。
◎スマートレイアー— りょう49 (@ryo49_) 2018年4月1日
研修のあいだ中、ずっと気になっていた手の包帯。終わってから思い切って聞いてみた。エレベーターに挟んだらしい。
「人食いエレベーターですよ、あれは」
斬新な言い回しに思わず吹き出す。
「か弱い乙女に何をしやがるのって感じですよ」
今週はもう乙女達の第一関門、桜花賞。
◎マウレア— りょう49 (@ryo49_) 2018年4月7日
しばらく会えない時期が続いて、全く気にも留めていなかったのだが、朝一番、客先打ち合わせの場所に行って驚いた。
「今日、通訳担当させて頂きます、サツキです」
そうか、サツキっていうのかあ。
やっぱり5月生まれなのかな。
そうこうしているうちに会議が始まろうとしていた◎キタノコマンドール— りょう49 (@ryo49_) 2018年4月13日
天皇賞春
サツキさんはこの打ち合わせ、初めてだよね?
これは毎月一回システムの運用状況を報告する会議でね、お客のソコソコ偉い人が出てくるんだ。「あら、りょうさん、ノート、もうページがないわね、これ使って」企業ノベルティのノートをさっと取り出すサツキさん。この時何かがONに◎レインボーライン— りょう49 (@ryo49_) 2018年4月28日
NHKマイルカップ
何かお礼をしなくちゃなあ。
何がいいんだろう。インタープリターは喋る仕事だが、同時に脳もフル回転させる。糖分が取れて喉にも優しい、のど飴なんかどうだろうか。
そんな折、奇妙な噂を聞いた。◎パクスアメリカーナ— りょう49 (@ryo49_) 2018年5月5日
ヴィクトリアマイル
どうも、スタッフさんの間ではNGリストがあるらしく、この依頼者からこの人はダメ、この役職者はある程度以上のスキルがないとダメ、そんなリストがあるらしい。
そういえば、ノートの件以来彼女が打ち合わせに来る事がない。もしかして、チームの女王に嫌われてしまったのか。◎アドマイヤリード— りょう49 (@ryo49_) 2018年5月13日
オークス
来る日も来る日も仕事は忙しく、お礼をせねばと思いつつも邂逅できない日々。インタープリターはその特性上女性が多い。脳の使い方がマルチタスクだからだそうだ。最高の舞台に立つオンナ馬達も、走りながら同僚馬のことを考えているのだろうか。◎パイオニアバイオ
— りょう49 (@ryo49_) 2018年5月18日
ダービー
オフィスの一階に喫食スペースがあり、お昼は社員がそこで弁当を持ち寄り食べる。
たまたま午後一番で顧客オフィスに訪問するため、11時半に早弁しに来た俺は彼女を見かけてしまう。
あんなに気さくに話せていたのに、声がかけられない。何だろう、この感情は。◎ジェネラーレウーノ— りょう49 (@ryo49_) 2018年5月27日
安田記念
季節はもう6月。
沖縄は梅雨明け直後で絶好の季節。
会話をすることがめっきり減った家族と沖縄旅行。数日間同じ部屋で過ごすと会話も増えるもんだな。サツキさんにシークヮーサーののど飴を買おう。◎サングレーザー— りょう49 (@ryo49_) 2018年6月1日
宝塚記念
お土産を買ったはいいが、全く出会えない日々。
いつになったら渡せる事やら。
社内の移動にいつも持ち歩いているせいか、包装のビニール袋もガタガタになって来た。
ファン投票のwebサイトでサツキという馬を探したが、いなかった。◎サトノクラウン— りょう49 (@ryo49_) 2018年6月22日
スプリンターズS
夏が終わってしまった。
お昼前に人食いエレベーターに乗ったら、サツキさんと沢山のおじさん達。こいつらみんな2階で降りねえかな、と思ったら、嘘だろ、皆降りた。
サツキさんと二人で1階に降り立ち、ようやくノートのお礼とお土産が渡せた。◎ワンスインナムーン— りょう49 (@ryo49_) 2018年9月28日
秋華賞
いつ頃からか、俺は11時半の1階喫食スペースに彼女の姿を求めて立ち寄るようになった。
会えば、他愛もない会話をできるようになった。
知的なんだけれどもよく喋る。職業柄なのかなあ。いつしか、それが会社に行く心の支えとなっていた。◎アーモンドアイ— りょう49 (@ryo49_) 2018年10月12日
菊花賞
進めていた転職活動。金曜日の今日は京都の企業に面接に来ている。往復交通費を持ってくれるらしいので、面接を金曜にして土日は競馬場、菊花賞を観るつもり。いつ逢えるか分からないが、サツキさんに京都土産を買った。◎エポカドーロ
— りょう49 (@ryo49_) 2018年10月19日
天皇賞・秋
会える日と、会えない日と。
会話ができなくても姿を見るだけで幸せだった。
京都の企業は翌月曜日に不採用の通知。天皇賞・秋を週末に控えた火曜日、別の企業から内定の通知が来た。
いよいよ会社を辞めることになる。サツキさんともあと何度会話ができるだろうか。◎スワーヴリチャード— りょう49 (@ryo49_) 2018年10月27日
エリザベス女王杯
インタープリターチームの女王から呼び出し。
まさかのつきまとい行為認定か?と肝を冷やすがどうもそうではないらしい。今後のサービス改善のアンケートを取りたいらしい。簡単な質問に答えたあと、「で、サツキさんとはどうなの?」
心臓が止まるかと思った。◎フロンテアクイーン— りょう49 (@ryo49_) 2018年11月10日
マイルチャンピオンシップ
どどど、どうって特に何も、ないですよ、
眼光鋭い女王に平静を装って答える。
「ふーん、そうなの。あなたスタッフから人気があるからね、変な争いに巻き込まれないでね」
女の争い、怖いなあ。今年も桜花賞馬は出るのかなあ。◎アエロリット— りょう49 (@ryo49_) 2018年11月17日
ジャパンカップ
もう退職まで時間がない。ついに話す機会が訪れた。「実は来月、俺会社辞めるんです。もしよかったら食事でもと、思って」
彼女は辺りを見やり、静かにスマートフォンの画面をこちらに見せた。メールアドレスが表示されていた。「本当は、教えちゃいけない事になっているんです」◎スワーヴリチャード— りょう49 (@ryo49_) 2018年11月23日
チャンピオンズカップ
果たして、不思議な形で彼女と食事に行く事になった。アレルギー持ちの彼女の行きつけのお店。
想像していた性格とは全く違っていた。
彼女の要求する会話のレベルの高さ。何一つ自分が充たせるものは、なかった。
彼女の理想の結婚相手を聞いた。巷で有名なアニメのキャラだった。◎オメガパフューム— りょう49 (@ryo49_) 2018年12月1日
阪神ジュベナイルフィリーズ
理解をしたい一心で、土日アニメをぶっ通しで見た。原作も全巻読破した。でも、俺には理想の相手にあって俺にないものは理解できなかった。
俺は、俺。あの人は、あの人、なんだ。
無理に合わせる必要もない、彼女とは、交わることのない人生だったのだ。◎シェーングランツ— りょう49 (@ryo49_) 2018年12月8日
朝日杯フューチュリティステークス
食事のお礼に送った電子メールに返信が来ることはなかった。彼女にとって貴重な時間を使う理由がないからだろう。だが最後に勇気を出して誘ってよかった。いつも現実は妄想を無慈悲に打ち砕き、引導を渡す。またこの気持ちは区切りをつけられる事になる。20年前のあの時のように。◎グランアレグリア
— りょう49 (@ryo49_) 2018年12月15日
有馬記念
最後の出社の日、彼女にお礼を言うことができた。彼女は屈託のない笑顔を浮かべ、「航海の行き先は決まっていますか?」と聞いた。詩的な言い回しはいつもの事だ。俺は曖昧な返事をして、理想のキャラが出てくる漫画を全部読んだことを打ち明けた。途端に彼女の頰が緩んだ。◎ミッキーロケット
— りょう49 (@ryo49_) 2018年12月21日
ホープフルS
若駒のこれからに期待を込めて。
彼女からは会社の卒業祝いと称して、俺が趣味だと語ったサウナを題材にしたweb漫画が送られて来た。腹の底から笑った。おっさんの恋には希望がない。
hopefulか、hopelessか。
彼女はどちらの意味で訳すのだろうか。◎サートゥルナーリア— りょう49 (@ryo49_) 2018年12月27日
**** ホープフルS 確定後に あとがきを追加します ****
あとがき
男の恋愛は名前をつけて保存、女のそれは上書き保存とよく言われる。
歯牙にもかけない男とのエピソードなど、保存せずに破棄される。
あまりにも気さくで話しのし易い人が、歓待を受ける立場になれば厳しい要求を突きつける。
当たり前といえば当たり前で、真剣に相手を受け入れるかどうかの判断としては極めて妥当。
あらためて、地位やら年齢やら所得やらを取っ払って、生身の男としてどれだけ魅力があるのか、世界でたった一人しかいない目の前の女性を歓ばせることができるのかできないのか。
全てを投げ打つ覚悟で臨んだ戦いに敗れたのである。いや、覚悟しているなら退路を絶って臨むのがスジだった。その辺が甘かったんだろうなあ。
この小説は、2017年12月27日、初めてG1昇格で行われるホープフルSの前日に第一稿を書き上げた。
前作のフィナーレを12月24日の有馬記念で迎えてから三日後。一部のフォロワーさんから好評をいただいたのも続編創作の後押しとなった。この場をお借りして深謝申し上げます。
書きながら、まだカサブタも出来上がってないこの出来事を書くのはどうなのかと逡巡したが、ラストの発表は一年後な訳だし、その頃には傷も癒えているだろうという楽観的な考えで書ききった。
文学、とりわけ私小説なんてのは究極のマスターベーションである。自分が楽しめればそれでよくて、でも他人が読んでも面白いと思うのならもっと良い、そんな気分で書いた。
2019年も競馬は続く。来年はどんな私小説テーマで予想をするか。
(このあとがきは2018年1月2日に自宅でモチを食いながら書きました)
一年後の、前会社の忘年会立食パーティーに臆面も無くゲストとして参加して来た。
サツキさんいるかなぁと淡い期待を持ちつつウロウロしてたら開始3分位ですぐに見つけた。
話しかけなかった。
実はその後も何度か、メールでやり取りをしたりサウナを勧めたりしていたのだが、今年の彼女の誕生日にメールを送ったらピシャッと、再び引導を渡されてしまったので流石にこれ以上は関わることも無理だなと判断した。
ちょうど美浦に行った日のことだ。
全く未練が無くなっていた。
ただ、会社にいて毎日辛かった頃、彼女を見かけることで心をつないでいたのは消せない事実だし、今も元気に生きていることがわかりホッとしている。
自分の手で幸せにできない人に手を差し伸べてはいけないよ、そんな事を強く言われているような気がした。
2018.12.15追記